橙ミャオ氏について

作曲家 橙ミャオ氏
中編では、橙ミャオ氏の制作の中身に踏み込む。聴きやすさより「やりたいこと」を優先するオリジナルソングプロジェクトでは、設計図を書き切ってから曲を組み立てるという。一方、フリーBGMでは「充実感」を重視し、依頼曲では配信者の活動やボーカリストの歌声の分析から楽曲を設計。近年挑戦している作詞を通して見えてきた、自身の得意・不得意についても語っていただいた。
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インタビュー全文
オリジナルソングプロジェクト

——橙ミャオさんのオリジナルソングプロジェクトについても聞かせてください。かなり実験的な要素を含んでいるように感じました。しかし、聴きやすさは担保されているように感じています。

実は聴きやすさを一切担保してないんですよ! なので、あえて理由を付けるとしたら、わたしの美的センスが最低限の保証をしてくれているのかなと思っています。
このプロジェクトそのものが、わたしのやりたいことを最優先にやっているので、普段考えている聴きやすさをかなぐり捨てている側面があるんですよ。聴きやすさとやりたいことをてんびんにかけたら無条件でやりたいことを採っている楽曲たちではありますね。

——そうだったんですか。

ただ、コンセプトを第一にしているので「この曲ではこういうことをやりたい。伝えたいよ」っていう部分に関しては、ずれないようにしています。そうやって徹底的に情報を整理しているのが結果的に、聴きやすさにつながったのかな……。

——こういった音楽ってどのように作っていくんでしょうか。

まずどの楽曲も即興的には作っていなくて、設計図を書き切ってから曲を作り始めるような感じになります。なので手を動かす段階に入ったときには、あとは組み立てるだけっていうような感じですね。

——楽典とか和声先行でっていう感じですね!

それともちょっと違っていて、自分の感性的な側面を自分の言葉で体系化しているようなイメージですね。楽典も実はなでる程度しかやっていなくて、そういう視点から説明しようと思えばできますけど、プロセスがそもそも違うかなっていう感じです。
水没都市とパラメモリア

——ぜひ細かく曲についても聞かせてください。個人的に『水没都市とパラメモリア』という楽曲が一番のお気に入りです。複数のテーマが同時に展開されているような印象があり、キュビズムを感じました。

まずこの楽曲って滅びと叫びの楽曲なんですよ。水没した都市をテーマにしていて、その都市がどのように滅んでいったのかっていうのを当事者の視点から、パラレルワールド的な感じであらゆる滅びを体験する楽曲になっています。そういう文脈で考えると、キュビズム的な要素があったかもしれないですし、意図的に情報氾濫させてある種の気持ち悪さとか、不愉快さみたいなものは演出させていただきましたね。
ただ、自分で作っておいてあれなんですけど、この曲はわたしの限界を超えているので、言われたことが正解みたいな感じではあります。

——氾濫という話を受けて水をイメージしました。

あるセクションでは水に浮かぶイメージを音楽にしましたし、水中を表現したシーンもありました。その流れの中で濁流に飲まれて流されていくようなイメージではあって、とにかく水の表現っていうものを楽譜に書き起こせないかなと思っていた楽曲ではありましたね。曲を通してメトロノームが使えない楽曲になっているので、大変ではあったかな……。4拍に1拍だけ拍が伸びているとかね。

——ボーカルの方々も大変ではなかったのでしょうか。

本当にこの曲はお二人にひれ伏して、「こういう楽曲で……こういうノリで歌ってもらうしかなくて……。気合でお願いします」って頼み込みました。
フリーBGM

——フリーBGMについても聞かせてください。BGMと名前が付いていますが、曲の充実度といいますか、満足度が高いですよね。

これは結構戦略的に狙った部分がありまして、わたしがBGMを作り始めた時期って既に大手のBGMサイトがかなり強かった時代だったんですよ。そういう中で「どう生き抜いていこう」って考えた時に、出てきた答えっていうのが“充実感”だったっていう感じです。後発で戦うのは不利になるので、多少BGMとしての使いやすさを犠牲にしつつも、パッと聴いた時に「いい曲じゃん!」って思ってもらうところに力を入れてきた結果が、そう思ってもらうことにつながったのかなと思います。
だからこそ、BGMという割にはイントロがあって、Aメロ、Bメロ、サビで構成されているような歌物っぽいものが多いですね。

——そういう狙いがあったわけですね。

そうですね。使い勝手がいいのも悪くはないんですけど、それだとファンが付かないというか、好きになってもらえないのかなっていうのは考えていました。
そういう流れがあるので、最近のフリーBGMになればなるほど完成度というか聞き応えのある曲が多くなっていて、自分でも面白く感じています。
高遠頼さん配信用BGM-『ひらめき』

——ぜひ、ご提供されているBGMについても聞かせてください。学術系VTuberの高遠頼さんにご提供されている『ひらめき』という楽曲を聴いて、その展開から巨人の肩の上に立つような印象を受けました。楽曲を作る上で、意識したことを教えていただければと思います。

おっしゃっていただいたように学術系VTuberさんであることは最初に意識させていただきました。その上で、学術系の配信になると情報量が多くなってしまうので、極力配信を邪魔しないBGMにした結果、かなりBGM然とした印象になってはいますね。それと同時に、巨人の肩の上に立つといいますか、学びというものが積み重なっていってみんながその上に立っているイメージを持って作っている楽曲になります。
儒烏風亭らでんさん配信用BGM

——儒烏風亭らでんさんの配信BGMについてもかなり気になりました。いわゆる和風という単純な楽曲ではなく、世界の中の日本という立ち位置や歴史観を反映した楽曲のように感じています。これについてもぜひ教えてください。

まさしく、和風ではあるんですけど和風ではないというか、日本を軸足にグローバルに世界が広がっていくような楽曲にはなっています。そこにはオランダとかアメリカとか中国とか全部の国を含めてそうですけど、そういった包括的な日本がイメージできるというか、隠しメッセージも感じ取っていただけるような楽曲にしました。
ご依頼をいただいた際にも、単純に和をモチーフにした方ではないんだなっていうのを感じ取ったので、それが楽曲にも反映されています。

特に楽曲の途中からアコーディオンが入ってくるんですけど、ここでは明確に大正時代を意識していますし、あのタイミングで世界の文化を見渡している日本をイメージしたパートでもあります。そのあとまた最初の展開に戻るような感じにしているんですけど、そこでは昭和とか現代を意識しているんですよ。そうすることによって、伝統というものに軸足を置きながらも広い世界を見ているらでんさんの活動を表現したような形になっています。これがこのBGMで最も重要視したポイントだったかなと思います。
箱乃なかみさん-[Pαndorα’s Box]

——箱乃なかみさんの『[Pαndorα’s Box]』についてもぜひ教えてください。相当歌うのが難しい楽曲ではなかったかなと感じています。『七変化』というアルバムの中での楽曲という点で、あえてチャレンジングなことをされたんでしょうか。

なかみさんから難しく仕上げたいっていうような話があったわけではなくて、“箱乃なかみ”というボーカリストに対して、橙さんからアプローチしてほしいっていうようなニュアンスで作曲を進めていった感じになります。なので、なかみさんが行っている普段の活動とかそういうのをあえて取り払って、ボーカリストとしての部分だけを抽出させていただきました。

——そうやって進めていったというわけですね。

わたしのスタンスとして、ご依頼者様にもお伝えしているんですけど、重度の歌声分析好きだと伝えているんですよ。その人の出せる音域を把握するのはもちろんですけど、どこまでを地声で出せて、どこからが裏声なのかも把握しつつ、ミックスボイスで出る歌声はどこまでなのかっていうのも調べ尽くします。あとは、母音や子音をどう出しているとか、そもそもどのぐらい出るのか、それが組み合わさった時にはどうなるのかみたいなところまでテクニカルにアプローチさせてもらっています。
普段からそういう風に歌物を作っているからこそのご指名だったんじゃないかなと思っての『[Pαndorα’s Box]』でしたね。

——より詳しく聞かせてください。

先ほどのようになかみさんの歌声を分析すると、彼女の歌声の神髄ってビビットさにあるなっていうところにたどりついたんですよ。シンプルな楽曲を聴いても、複雑な楽曲を聴いてもその印象が変わらなかったので、やはりこのビビットさを引き立たせようっていうアプローチで進めさせていただきました。

なので、リズム的に難易度を高くしたというよりは、ビビットさを引き出すために結果としてリズムが難解になってしまったっていう言い方が正しいかなとは思っています。
あとは、聴いた印象に反して音域的にはあまり難しいことをしていないので、そういった部分も合わせると『七変化』というアルバムを構成する楽曲としてふさわしいものになったんじゃないかなと思っています。リズムにもメロディーにも難しいことをさせてしまうとビビットさがぼやけるというか、伝えたいことがブレちゃいますのでね。あえて情報を絞っているともいますね。
作詞について

——こちらの楽曲は作詞もご担当されているとか。

この楽曲が持っているもう一つの面白い点ですね。オリジナルソングプロジェクトとかを除いて、クライアントワークで作詞まですることが実はそんなにないんですよ。わたしの本質は作編曲にあると思っているので、頭の使う部分が違うといいますか、すぐ別の方につなげてしまうことが多いは多いです。ただ、最近では作詞もしましょうかっていうご提案をさせていただくことも多くありまして、作詞にチャレンジする機会を意図的に増やしています。

その結果見えてきたものもあるんですよね。

——ぜひ聞かせてください。

自分の得手不得手が見えてきたといいますか、フレーバーテキスト的な作詞をすることが得意なんだなっていうのがわかったんですよ。逆に何か明確なメッセージを伝えたい、聴いてる人にガツンと思いを届けたいっていう部分に苦手意識があるっていうのもこの間作詞にチャレンジする中で理解できた部分になります。
断片断片に触れながら、世界の輪郭を描いていくようなアプローチといいますか、“りんご”について伝えたいのに、“失楽園”から描き始めるみたいな感じですね! これだったらできるっていう実感を得ています。

——作詞に対してもかなりのこだわりを持ってやっているわけですね。

そうですね。あとはリズム感に対しても意識を向けて作曲はしていて、なんの気なしに国語辞典とか漢和辞典を読むのが好きでもあるので、そこで言葉選びに関してもかなり気を使っています。ラップほど聴き心地が良くないとしても、それと同じぐらい聴き心地を追求してやらせていただいてはおりますね。
なかみさんのお話に戻りますが、まさしく『[Pαndorα’s Box]』は、フレーバーテキスト的な歌詞と、聴き心地を追求した歌詞という2点を重点的に意識しながら作った楽曲になります。

——橙さんにとっても思い出深い楽曲なわけですね。

わたし自身にとっても、「こういう歌詞なら作れるんだ」って思えるきっかけになりましたし、それが楽曲にも化学変化みたいな感じで現れてよかったなと思っています。
打ち合わせについて

——それと打ち合わせもかなり気合を込めていると伺っておりますが……。

精神論になっちゃうんですけど、打ち合わせの段階でモチベを上げておくのって大切だなと思ってますね。どんなことを考えているとか、どんな目標を持っているのかとかを共有するんですけど、そうすると「そこまで考えているんですか」「打ち合わせしてくれるとは思っていませんでした」って言ってもらえることもあるんですよ。ありがたいことに、オリジナル曲を数多く出されている方からのご依頼もいただくようになってきているので、橙ミャオがどういう存在なのかが自分でもわかってくるようになりました。
後編はこちら
2026年11月4日(水)20時半投稿!
